読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

むらさきはじめのブログ 『雑な人間の独り言』

人生結構どうにかなるけど人とのつながりは忘れてはいけません。

今日は3月11日あれから6年が経ちました。

皆さんどうも、むらさきはじめです。

 

今日は3月11日「東日本大震災」から6年が経ちました。

東日本大震災 - Wikipedia

 

皆さんは「6年前のあの日」何をしていましたか?

 

また何処にいましたか?

 

今でも忘れません。私は、仕事中でした。(場所は埼玉県)

 

会社から車で約15分程度の場所にある取引先に商談に来ていました。そこで担当者の方と商談中にいきなり大きな揺れが。

 

その場にいた私含め全員が慌てて外に。そこで私がみたのは揺れる建物、電柱。そしてあり得ないと思いますが、波打つコンクリートの地面。

 

私含めその場の全員、きっとその光景を目の当たりにして「恐怖」を覚えたに違いないでしょう。

 

その後電話回線が止まり、道路の信号が止まり、電力も止まりました。

 

しばらくしたところで回復はしたものの混乱状態は変わりませんでした。

 

公共交通機関は前面的に運転見合わせ。道路も大渋滞。

 

駅前には人が溢れかえり、みんなで携帯電話を使うのでその回線も混雑に。

 

その後、テレビやラジオではとんでもない光景が広がり。物流も一部止まり、ガソリンスタンドには長蛇の列。

 

コンビニやスーパーマーケットには我先にと食料を買い漁る人達。

 

本当にここは「日本」なのかと思うほどの現状でした。

 

私の当時勤めていた会社も、ほぼ仕事にならず、開店休業状態でした。

 

ようやく落ち着きを取り戻し始めたのはそれから訳5ヶ月後8月ぐらいで、そのタイミングでずっと連絡が取れなかった被災地石巻にある取引先からの連絡があり、商品を納品に行きました。

 

高速道路を使い被災地に近づくき景色をみて私は唖然としました。

 

何もない。

 

本当にだだっ広い大地のところどころに「瓦礫の山」があるだけでした。

 

それでも街の中心部に近づくと人の気配が出てきて、結構賑わっていました。

 

取引先に到着し、話を聞くと。

「全然ダメだよ、商売にならない。だけど、お金を少しでも回さないと前に進まないからね。」

「今日はわざわざ届けてくれてありがとう。お茶菓子の一つでも出したいところなんだけど、みての通り何もないんだよ。」

「全てなくなってしまってね。」

「在庫やなんかも全滅。建物だけ残ったのが奇跡だよ。」

「何とか頑張るから、これからもよろしく。」

 

なんて、会話をしました。

 

取引先は川沿いにあったものの、上流だったので「この程度で済んだ。」と言っていました。

 

確かにそこから下流の方向の景色を眺めると、海までよく見えました。

 

そのあと市内で食事を取ろうとしてラーメン屋に入ったところ、かなり賑わっていました。

 

しかし、何だか違和感がありました。それは、そこで食事をしている人のほとんどが「県外」の人である事。

 

なぜ?そんなことが分かったのかと言うと。駐車されている車のほとんどが私含め県外のナンバーである事。もう一つは食事をしているほとんどの人が職人さん達だった事です。

 

復興の為県外から来た人がたくさんいました。その土地の人達はいったい何処へ・・・。

 

これから貼る写真は私が実際に行ったときの写真です。

f:id:murasakihajime:20170311135925j:image
f:id:murasakihajime:20170311135947j:image
f:id:murasakihajime:20170311140003j:image
f:id:murasakihajime:20170311140038j:image

他にもっと残酷な光景もみました。

 

建物の二階部分に突き刺さる車、倒壊して基礎だけになっている家など。

 

実はこの写真はずっと消去できずにいます。

 

今思うと「なんて不謹慎なことをした」のかと思います。

 

ずっと感じていました。

 

「申し訳ない」と。

 

今日で6年が経過しました。このブログをきっかけに携帯のメモリーから消去しようと思います。

 

この写真はたくさんの人にみてもらいたいと思います。

 

災害を防ぐことはとっても難しい事だと思います。しかし、この東日本大震災は後日談で実はかなり被害を減らすことが可能だったと聞きます。

 

地震大国日本に住んでいる以上このような災害に対する「備え」は必要だと私は感じます。それは港町に限らず、全国的な問題です。

 

今では復興も進み徐々に震災のことが風化しつつあります。良い事だとは私個人は思いますが。

 

今日このブログをみたことをきっかけに、改めて震災の悲惨さや防災の大切さについて考え直してもらえればと思います。

 

最後に東日本大震災で亡くなられた人達へご冥福をお祈り申し上げます。

 

3.11 東日本大震災 激震と大津波の記録 [DVD]

3.11 東日本大震災 激震と大津波の記録 [DVD]

 
報道写真全記録2011.3.11-4.11 東日本大震災

報道写真全記録2011.3.11-4.11 東日本大震災

 
あれから5年 3・11東日本大震災写真集

あれから5年 3・11東日本大震災写真集

 

 

最後に私個人的な話をしたいと思います。

 

実は6年前歌手デビューがほぼ決定していたハーフの女の子のバックバンドとして私含め3人が決定していました。

 

しかし、震災が起こった事によって彼女は自分の母親の故郷の海外へ行く事に。そしてその歌手デビューの話も白紙に。

 

当然私たちの話もなかった事に(´・ω・`)

 

震災が起こっていなかったら今頃私は何をしていたのだろうか(´・ω・`)